らんだむな記憶

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半分の半分の半分

「半分の半分の半分の... についてどう思うか?これをどう考える人が数学的なのか?」的な質問を最近受けたが「実数とは何か?」という口頭試問を受けているのでもなければ難しい問題だ。
\begin{equation}
1,\ \frac{1}{2},\ \left(\frac{1}{2} \right)^2,\ \left(\frac{1}{2} \right)^3,\ \cdots \ (\to 0)
\end{equation}
数直線上に図示すりゃ、どんどん0に近づくんだから0でしょ?はい終わり!だと思えればそれはそれで楽である。
まぁ、しかし、どこの有限項で止めても0ではないのに、答えは0だというのが気持ち悪いと言われればそうなわけで。それは人智を超えた「無限」というものについて神様が「こうなんですよ」と言うのを聞いて、でも自分では見えないからしっくりこないなーといったところだろうか。

\begin{equation}
1 - \frac{1}{2} + \frac{1}{3} - \frac{1}{4} + \cdots
\end{equation}
はどこに行くのか?と訊かれると、どこへ行くんでしょうねぇといったもんである。($\log_e 2$に行くんだよとか、結構奥が深いよね。どこで切っても分数(有理数)なのに、行き着く先が無理数だとか言われても、あれれ~?いつ無理数の世界に入ったの??ってなもんである)

結局デリケートな無限遠の問題が出てきて、上記のようなマイルドな理解では太刀打ちできず、解析学は暗黒の時代を迎えたこともあるのだとか。そこで、Cauchy先生がこういったものは手続きとして扱うことにしましょう的な感じでかの悪名高き$\varepsilon-\delta$論法がにょろっと出てきたとか。

半分の半分の半分はその極限が有理数だし絵で描きやすいから$\varepsilon-\delta$論法も持ち出さず、まぁ、なんとなくぼんやり理解するのもアリな気がするけど、あれの場合は?これの場合は?となると、結局罰ゲームとしてコーシー列 - Wikipediaデデキント切断 - Wikipediaのような「実数の構成」に行き着いてしまうような気もする。
しかしこんなものはどうにも手短に言い表せる気もせず(分数を数列と同一視して、有理数を数列のなす空間に埋め込みましょうね♪とか頭おかしいんじゃないの?って感じだし)、なんとも回答に窮するところである。

従って「半分の半分の半分についてどう思うか?」については「その質問は(敢えて詳細には触れれないが)実はとても難しいところである。常識的には0といったところだけれども、その常識を改めて実際どういうことなのかと見つめて考えようと思うことでやっとスタート地点に立つのが数学なのだ」みたいな微妙なことを述べてしまった。スマートでもないし、歴史的に正しいという気もしないのだが、自然言語の範囲でなんかそれっぽい雰囲気を短時間で目の前で回答しようとしたらこんな程度が精一杯ってとこだったなぁ。

しかし、ここまでしないと$3.1415 \cdots$も説明できないのか?というのもあるし、連続とか極限とかを$\varepsilon-\delta$論法で再定義したら、解析学の暗黒も払拭できるし、いままでの成果もほとんどがその結論が真のまま維持できて幸せでしょう?というだけであって、別に$\varepsilon-\delta$論法が宇宙の真理とかいうわけでもないので、結局すっきりしない部分は残ってしまう。もっと説明しやすい体系で、現在のものと互換性があるものがでてくると良いんだがね。
Lebesgue積分論もいまの決まり事のままでは非可測な集合というものが出てきてしまい、そういったものが選択公理とかから構成できちゃったりで、この非可測の概念を駆使すれば、スイカを非可測に有限個に分割して再度くっつけなおすと元より大きくなっちゃうよ的なBanach–Tarskiの逆理(バナッハ=タルスキーのパラドックス - Wikipedia)があって、直観的にはキモぃ。そういうのもあって、すべての函数が可測函数になるような公理系が作られるといいねみたいなことがどこかの本に書いてあったと思う。結局Lebesgue積分論もRiemann積分のある種の欠点を解決して、極限計算を超絶楽にするツールではあるけれど、完璧なものではないし、そういう考え方としか言いようがないのかもしれない。
\begin{equation}
\int_0^\infty \frac{\sin x}{x} dx
\end{equation}
とかも、被積分函数がLebesgue可積分函数ではないとかちょっと残念な部分もあるし。

別に数学は宇宙の真理を教えるものではないのだけれども、なんだか「絶対正しいもの」「最も正しいもの」「答えがただ1つに決まるもの」というイメージが出回っている気がするが、まぁ仕方ないか。そうではないのだと延々と授業とかで語られても困るしね~。

「コイン投げした場合に表が出る確率は?」「1/2だね!」ということについて実に面白い説明がなされているAmazon.co.jp: 確率・統計入門: 小針 アキ宏: 本は良書だと思う。数学って何だろうということに触れられる良いイントロダクションのような気がするが、確率や統計を勉強するかという場合でないと見出すこともない本かもしれないし、残念なところである。