らんだむな記憶

blogというものを体験してみようか!的なー

努力 vs 才能

少々古い記事のようだが「練習は時間の無駄」生まれつきの才能がなければ楽器やチェスの上達には限界があるとの調査結果というのがあるようだ。まぁ、そうかもしれんな。ゲームも異常にうまいのがいるし、どうも努力云々でそうなれそうにないものを感じる。STGを左手と右手で2Pプレイとか、ちょっと何か違うよね、とか。

知識や天性の才能、そして何歳のときにチェスまたは楽器を始めたかが技術に反映されていた

を踏まえるなら、天性の才能に自信がないなら若い時期に始めるというほうに賭けるしかないかもしれない。たまたま思春期の頃に興味があってやっていたことが適性があった場合、それなりに伸びるかもしれないし、伸びても限りはあるかもしれないけど、まぁ続けておくのも良いかもしれない。
上記以外では、切迫感とか生命の危機、「ここで乗り越えられないならもう居場所がない」みたいなハングリーなあれで急激に能力が向上することもあるし、そういったものがうまく絡み合えば、幾らかマシにはなるだろうか。
とは言え、世の中は残酷なものでそうやってたどり着いたと思った地点を10歳も下のやつがすっと越えていくこともあるのも現実。
続き?の天才は「生まれ」か「育ち」か 努力も遺伝の影響だとすると... : J-CASTニュースによると、

大成するには努力が不可欠だとわかるが、今回の研究のユニークな点は、その「努力」さえも遺伝の影響を受けていると示唆した点だ。

とかこれまた残酷な。
子供の頃に色々やって、

  • 才能があって
  • 興味がもてて
  • 努力ができる

ものに注力していくのが何かしら成功への秘訣なのかもしれない。
一方で、

  • 才能は感じないが
  • 興味がもてて
  • 努力ができる

というものもあったりする。
「成功」を優先するか「興味」を優先するかは考え方次第だろうけど。

自分は残念ながら「努力」の才能を持っておらん。